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家庭教師

家内と体重の話になった時「あなたはよく噛んで食べているね」と指摘があった。「噛んで食べる」で突然に思い出したのが、50年前の中学3年生の時教わった家庭教師のUさんだった。Uさんは受験する慶応高校出身の工学部院生、慶応高校の先生の紹介だった。勉強の間に毎回夕食を共にしたが、兎に角小刻みによく噛んで食べる。一口を50回位噛んだ後飲み込む。その為か顎が発達しており、体形はスマートだった。懐かしくてダメ元でインターネットで調べたら、変わった苗字もあり探し出せ、出身大学や年齢もドンピシャ、顔写真も当時の面影がある。現在72歳で、国立大学の名誉教授、ウィキペディアでも詳しく記載され数々の要職も歴任している。恐れ多くも、後の名誉教授に数学を習っていたのだ。

一冊だけ残していたノート。

 

Uさんの受験戦略は具体的で見事だった。薄いB5のノート、各ページには左側3センチに線を引く、直線は全て定規を使う等を指導された。計算式は条件設定から丁寧に書き出し、正解・不正解より途中経過を重視した。問題を解く為の、環境を大切にした。当時は英・数・国の3教科で4000名近い受験生が0〜300点の間にならび、特に合格ライン上の前後1〜2点が団子状態になる。そこで差がつくのが一問の配点が大きい数学。よっどぼ秀才でもない限りは、一問で合否が決まるといっても過言ではない。不正解でも丁寧に途中経過が書かれていると、20点配点なら10〜15点が付く、採点者は点数を付けたがっているという説明を受けた。B5ノートで問題を解く習慣付けは、後で苦手のところは問題集で何度でも復習できる。B5ノートは書く部分が少なく、あっという間に一冊を使いつくしてしまう。

 

ノートは一年間で20冊位になった。ノートが積重なると、他の人より努力している気分になり自信もついてくる。青のラッションペンを愛用、研究室から持参したコンピューターのストックホームの裏面に書き込んで説明してくれた。1970年は大学に1台しかコンピューターが無い時代であった。聡明でスマートなU先生だった。

 

息子に同じ中学3年の時に数学の家庭教師をつけたが、息子は終始その先生の暗さを徹底的に嫌っていた。比べて、恵まれた環境を作ってくれた亡くなった両親に、改めて感謝した。

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